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BFの考えをまとめたくて書くブログ

まとまり切らないけど、とりあえず思い立ったこと

Netflixオリジナル「LOVE」の世界

いやあ、ハマりにハマってしまった…。

シーズン1から2のラストまで、直近1週間はこの作品を中心に世界が回っておりました。

 

 今回は既にシーズン2最終話まで見終えた、個人的な解釈、思いや考えを文字にしたくてダラダラ綴った内容になっていますので、ネタバレだらけです。これから観る!という方は僭越ながら見終えるまでは読まないほうがいいと思います。

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そもそも、僕がNetflixオリジナル作品である「LOVE」の存在を知ったのは、『BRUTUS』の「Amusememt Park Netflixへようこそ」の特集号。記事が組まれていて、ロマンティック・コメディの枠として取り上げられており、興味をそそられたきっかけがありました。

 

新米ムービーオタクとしての僕は、海外ドラマ自体にそれほど馴染みがなく、今ではNetflixで再燃した「フルハウス」を始め、高校生の頃にイケてる感じの男友達に「プリズン・ブレイク」をオススメされ、大学入学当初には仲良くなった女の子に「The OC」のDVDを貸してもらった程度で、どれも全シリーズ見たわけでもなく挫折。あとは、「gree」や「ゴシップ・ガール」をかじったくらい…といった具合で、主に映画を観る方に時間を費やしていました。

 

ところがNetflixに出会ってからというもの、「ゲットダウン」で雷が落ち、「火花」で夜な夜な号泣、すっかりNetflixオリジナルの力強さに惹かれたわけです。そうした流れで白羽の矢を立てたのが「LOVE」でした。

 

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まあ、ラブコメやらロマコメやら色々ジャンルはありますけど、恋に落ちる2人がくっついて離れてを繰り返すのは''あるある''的な要素ですよね?

この作品に於いては、それがとにかく切なくて淡い、そして「イタい」。

 

監督はジャド・アパトー、映画好きな方ならご存知の方も多いと思いますが、僕は彼の作品に触れるのが初めてでした。f:id:SSS-BF:20170328144113j:image

 

日本でも近日公開の「エイミー・エイミー・エイミー」や、スティーブ・カレル主役の「40歳の童貞男」などでメガホンを取ってますね。コメディのヒットメーカーですって。あ、実の娘さんも出演してるんですが、いい演技しております。そしてカワイイ。

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色々、監督のインタビュー記事や、役者との対談記事なんかも目を通したんですが、

 

(Indie Tokyoにて、ジャド・アパトーのメッセージを黒岩幹子さんが取り上げてくださっています。)

http://indietokyo.com/?p=3945

 

https://twitter.com/indietokyo/status/709267507526246401

 

すごく好感を持てました。この監督、Netflixとの相性がいいんじゃないかな、と思います。

通常、映画を作ろうとすると色々な抑制がかかりますよね。興行収入のハードルがあれば、演出の規制、配役の縛りなど様々…

一方でNetflixでは、低予算で描きたいものを描ける土台がありますし、ギリギリの描写にも耐えうる意欲も発揮できる。

この辺は本人も語られてますが、単に90分で収めるテンポの良く、リズミカルな物語が進むラブコメとは一線を画するところです。

 

そして笑えるシーンも多くて、その辺も個人的にハマれた要素でした。

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主人公のミッキーとガス、どちらも本当に対照的。

 

ミッキーはセクシーで綺麗だし、ノリもいい、かっこよさ漂う女性ですが、本当に奔放でワガママ、またその類がイタさに溢れてあらゆることに依存しがち。もう、絶対関わったら後悔するタイプの女性。いますよ、絶対こういう人。

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物事をセックス、アルコール、ドラッグで誤魔化そうとする姿が見てられない…でも自分が1番その弱さというか残念さに気づいてるんですよね。そこは、恋愛や仕事、人間関係をきっかけに、「自分のダメさ加減にようやく分かった!私、変わるんだから!」っていう人間さに満ち溢れたハッピーストーリーではなく、そんな自分と付き合っていく過程を追っていくところが映画とドラマのテンポの違いで、リアルさに心を寄せていく我々としてはイライラと安堵と、共感の狭間でひたすら振り回される感覚。ダメ女子なんですよね…でもそんな彼女の隙間とか、不安定さに内包される感覚は男の僕でも理解できる面があって、切ない気持ちにさせられます。

あと、怒った時のミッキー好きですね。あの人を睨みつける目ヂカラとか、たまに咆哮するエネルギーが魅力的。ただ、自分の彼女には絶対したくないタイプの女性です。(笑)演じたジュリアン・ジェイコブスは脇役での演技を観たことはこれまでにありましたが、「LOVE」をきっかけに本当に好きになりました。かわいいし。

 

一方のガスは映画大好き、楽器も弾けるけど見た目も中身も冴えない、ひょろっとした所謂オタク。人当たり良く、優しく見えて腹黒さを垣間見せる男ですね。いるいる。てか、僕に近い。

そうさせてるのは、彼が抱えてるコンプレックスが大きいですよね。そんなガスの出生やルーツ、見た目や経験が作り出しているオーラを、俳優兼、脚本も携わったというポール・ラストが完璧に演じています。映画ネタは好きな人にはハマりますね、これ。ちょっとキャラクターは違いますが、「ぼくとアールと彼女のさよなら」の主人公を思い出しましたね。f:id:SSS-BF:20170328143837j:image

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って、退屈で偽善者みたいな立ち上がりの彼ですけど、とりあえずモテるんですよね。ガス、そこだけムカつく。(笑)

ただ、それでも世の中そう簡単に収まらない加減を絶妙に演じてますよね。いいヤツなんですけど、時にはウザいし、コミュニケーションは取りづらいし。イイ感じに男にありがちな単純さもあって憎めない男です。

 

そんな2人なので、性格はもちろん価値観も合わない。周囲からも懐疑的な目線があったり、ケンカや険悪なモードも、もはや規則正しく発生してしまいます。相手を思うほど、すれ違い、少し上手くいかなければ、結局自分を優先。先行き暗いこと間違い無し、な展開となっております。

 

それでも飽きずにこの世界に没入してしまったのは、彼らが自身でも「中流階級だ」と語るように、より身近に、よりリアルに演じているからだと思います。観る手も自分の弱さを知っているから全否定できない。自覚する意識の上で、彼らが少しずつ変化しながら成長も後退もして、日々過ごしていく時間が愛おしく感じられます。悪気がなくても相手を傷つけちゃう感覚なんて、切なすぎるけどきっと日常に溢れてますよね。目に見えるところと、目に見えないところで繊細に動くストーリーが''あるある''を作り出しています。

20代後半〜30.40代くらいの方なら響くのではないでしょうか…。

 

あとは、ガスの目線、ミッキーの目線、友達の目線、それぞれ視点はあると思いますがどこから見ても面白いと思います。名前だけ見るとディズニーですけど、本人たちも突っ込んでたのは笑えました。

 

シーズン1がしっかり活きるシーズン2。

今後新しいストーリーが追加されるまでは1年近く待たなくてはいけなさそうですが、それまでにジャド・アパトー作品を掘っていこうと思います。

 

リチャード・リンクレイターの「ビフォア」シリーズとか好きな人なら楽しく見られると思います。あそこまでロマンスには溢れていないですけど、僕はこの2人の出会いも好きです。

 

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https://www.netflix.com/jp/title/80026506

 

アンドレ・ソロンコとクニモンド瀧口さんからヒントを得て。

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アンドレ・ソロンコ「ポラロイド」の解説をしているクニモンド瀧口さんの評から、エディ・ラス、ロニー・リストン・スミスや、アジムスといった名前が出てくる。ただ何となく、「おっ、流線形の人だ。」と広げたライナーノーツに鍵盤楽器ジャズ・ファンク最盛期の中枢アーティストたち。70年代のジャズファンク、としての角度からアンドレ・ソロンコを聴いたときに、彼の音楽性、アプローチ、音楽への愛情みたいなものを感じるわけだけど、正直、僕はエフェクター云々、楽器云々といった知識に専ら弱い上、演奏に対する経験も遊びの上でしかない。それでも瀧口さんの評を読み進めていくうちに、とても自分の中で安堵感というか、自分の聴く音楽を選別していく行為の方向が間違っていなかったことにちょっと嬉しくなった。いや、かなりかな。
ジャズに始まり、ファンクに流れ、レア・グルーヴという、一つのカテゴリを知って、おかげで幅広い音楽を聴くことができた。ジャズから派生し、民族音楽、ディスコ、AOR…元々、村上春樹氏のジャズや音楽に対する考えに影響されている自分としては、どこか偏った考えになってしまっているなーと詰まったものを抱いていたけれど、流線形やクニモンド瀧口さんが軸とする《良い音楽は時代性をもちつつ、流行を超える》という概念はとても親近感を持つと同時に感銘を受けていて、その言葉は僕が通過してきた有名どころからちょっとマイナーなかつての旧譜、および現代のアーティストに至るまでの音楽を見事に結びつけてくれている。特にその存在として、今回の評を手にしてから、アンドレ・ソロンコが真ん中にいると感じている。流線形には申し訳ないけれど(笑)。彼の「I RECALL」を初めて耳にした時、背筋が正されて無心で聴き入ったことを覚えているし、また解説の中、クニモンド瀧口さんは感覚としてサミュエル・パーディーやロマン・アンドレンの名前を挙げ、質感が似ていると述べていて、それはまさしく僕が去年あたりからタイムリーに魅了されて聴いていたアーティストで、気持ちが尚更高まってしまった。ライナーノーツに釘付け(笑)。何だか僕も少しずつ音楽を通して成長しているような気がして、節約せずに事典を貪りながら散財してきた甲斐があったなあ、と…。そういった思いで長々と文章として考えをまとめたくなった訳になる。だからこそ、これからも同じ類の音楽をずっと聴いて行きたいし、その類が広すぎる故、まだまだ自分の触れた域が一部だと思うとすごく幸せに思えた。
何より、アンドレ・ソロンコは現行のミュージシャンであり、もう3、4年前から評価されている訳だけど、こうして現時代性の真っ只中に手にすることができたのは、とても意義がある気がして…

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ちなみに2ndの「ポラロイド」に加え、1stで音楽ファンを虜にした「ウ・エチュ・マントゥノン?」にしても、どうしてもドライブで聴きたかったので今回はLPは諦めてCDを購入。ライターさんが背表紙に綴る、''スカンジナヴィアン・メロウ・グルーヴ''と称される音楽が他にどれだけあるのか知らないけれど、本当に最高の作品、少なくとも僕はもちろん、多くのAOR、シティポップ、レア・グルーヴファンはそう思っているはずだ。